2023年7月8日土曜日

初夏の広隆寺

拝観料を納めご本尊の弥勒菩薩へと近づく。ご本尊のある講堂までのアプローチは静かな新緑が心をゆっくりとさせてくれる。小さな池には蓮が、苔に覆われた庭が美しい。よく見ると苔にもたくさんの種類がある。苔は心を落ち着かされるのはなぜだろう。その苔庭には立派な桔梗を見ることが出来た。薄い紫色の桔梗の花。俺も自宅のベランダに桔梗を育てているので桔梗には親近感がある。桔梗は花が咲いてこそ桔梗。まだ蝉は鳴いていない初夏の広隆寺。さあ、もうすぐ弥勒菩薩に会える。そのご本尊がある講堂へ一歩すすめた。

講堂に入ると、そこには無数の仏像たちが僕を迎えてくれた。不動明王、不空羂索観音、千手観音、阿弥陀如来、地獄菩薩…

巨大な仏像から小さな仏像まで拝観者を睨んでるようにこっちを見ている。にらんでいる。俺の心をにらんでいる。お前の心など全てお見通しだとにらんでいる。不思議とそれが心地よいのはなぜだ。そしてその仏像たちのど真ん中に弥勒菩薩を見受けられた。その一体は特別な光が当てられ弥勒菩薩を見た瞬間から視線を移すことは出来なかった。弥勒菩薩像はやや遠くに置かれておりその顔の表情は漠然としか見ることは出来ないから余計にずーっと見てしまう。微笑んでいるようであり、なにか瞑想にふけているようにもお見受けする。僕は弥勒菩薩像に圧倒され終始、その像に話すことはなかった。ただ眺めているだけだった。

講堂から出ると新緑の庭が広がる。

講堂内は撮影禁止だったが広隆寺の入口に弥勒菩薩のポスターがあったので、せめてそれだけでもと一枚撮った。小学生の頃、仏像にはまっていたがもう一度、仏像を巡ってみよう。いつか興福寺の阿修羅像にも会いに行きたくなった。

河原町に着いたのは12時過ぎ。90分の京の寺を巡る旅。京都に住んでよかった。