2022年6月9日木曜日

海のある暮らし

退院して予定通り木曜日まで塩屋で過ごした。月曜日に退院して火曜日は散髪して垂水のイタリアンでパスタ食べて家で夕方からスパーク空けて大人の午後を過ごして、水曜日は地元の郵便局行ったり塩屋の立ち飲み屋で、声がセクシーなFカップ元宝塚の浴衣クイーンと、その立ち飲み屋のママさんが博多のエキゾチック美人さんと3人で飲んだり須磨の焼き鳥屋で寺夫妻と浴衣クイーンと飲んだりしてゆっくり過ごた。梅雨前の最後の晴れにも恵まれ大満足の休養だった。

今日は昼前に京都に向かう段取りで簡単に掃除したが、あまりにもいい天気だった。帰りたくないなぁと思った。テラスから青い海と白い雲のバランスが静かに佇んでいる。ベランダに出て、まあ、いいかと缶ビールを飲み干した。冷たいまま一気に飲みたい。せっかくだから30分だけなにもしない時間を作ろう。椅子に座り海を見る。部屋の向こうに一枚のキャンバスがあった。その側にはアクリル絵の具がならべてあったので、なんのアイデアもなく白いキャンバスに絵の具を走らせた。描いているうちに楽しくなってきた。転がっていた竹箸を割ってそれを筆にしたり箸に絵の具をつけてキャンバスに彩りを加えていった。

この退院後の休養に区切りをつける記念の一枚の絵ができた。30分で。

大切にしよう。

1枚目  夏の漁港はいきいきとしている。駅から家に帰る道中に漁港を通るコースがある。時間がある時は漁港を歩いて帰る。漁港を抜け、ジャリ浜を少し歩けば家に着く。


2枚目  ベランダから海を見て描いた。題名は「かげろう」にする。

3枚目  竹箸を割っただけの筆。楽しい!


4枚目  さあ、京都へ帰るぞと。

2022年6月6日月曜日

今朝、退院した。

確か2015年の夏の始まりに右膝に痛みが始まりお店の近くの大森整形外科に診てもらったら大森先生がこれは少しおかしいぞとピンと思い、母の知り合いの神戸大学医学部病院の当時の黒坂教授に見てもらい原因がわからず一年間ほど通っていた。そのうち左膝も痛くなりだし杖なしでは歩行することも困難になりドクターがオペしようとなり治療に半年は仕事できないと言われ当時していたトーアロードの物件を解約し入院する準備をしていた矢先、ドクターがやっぱりオペは少し辞めとことなり慌てて物件探して見つかったのが元町駅前のお店。その頃にはかかりつけのドクターは黒坂教授から兵庫医大の吉矢教授に定期的に診てもらってた。それから吉矢教授は西宮の回生病院に移転され僕も兵庫医大から西宮回生病院に変わりやはり定期的に診ていただいた。2022年の冬あたりから左膝の痛みが耐えられなくなり吉矢先生から中山先生にバトンタッチし原因はX脚やから砕けた膝の骨を除去しその裏の骨を移植しX脚を治す骨切り術をしたのが去年の6月。今回はその骨切りの際にプレートを骨にはめてたのでそれを外した。これでとりあえず長かったこの病気の治療が全て終わった。

これからのステップは足に筋肉つけ鴨川を軽快にジョギングしたい。その次は豊国廊の階段を駆け上がるぞと。

不思議なもんで、スーパー痛かった膝の痛みも治療が終わればその痛みも思い出せない。喉元過ぎればなんちゃらやな。思い返せば、この病で泣いた夜もあった。でも全ては神様が与えてくれた試練。いい経験だった。この骨壊死のおかげで出会った人が山盛りいてる。それがあったから今がある。

この歳になって思う。

僕を作ってくれたお父さん、お母さん、ありがとう。

お母さんに会いたい。

2022年6月5日日曜日

理学療法士の話

今日、昼前に30分ほどの簡単なリハビリを受けた。リハビリは理学療法士の免許を得た人が施術してくれる。国家試験を持った人しか施術できない。去年、入院している時は何人のもの理学療法士の人がリハビリのサポートしてくれた。若い人が多かった。

退院は明日になったので、今日なんかリハビリしてもなんの意味もないがスケジュールだったので、ハイハイと受けた。担当は僕と同じくらいか、やや年下のおっさんだった。おっさんの理学療法士は珍しいなと思ってたし、黙って施術受けるのもなんだか空気が悪いから軽い世間話をしながら受けた。話の流れから僕からこう話しかけた。

「もう、長いん?この仕事」
「いえ、9年目です」
「え、にいちゃんいくつなん?」
「52です。40の時に母の介護が始まり当初は僕、無職でしたが母の介護をしてる時、これなら俺が覚えたほうがいいと思い介護しながら育英でお金借りて3年専門通って免許取りました」
「え、40から?凄いな、それまではなにしとったん?」
「一攫千金狙ったようなチンピラみたいな男でした」
「へー、人生わからんもんやなー」
「ほんま、そう思います。おかげで40過ぎてから結婚出来て子供も授かりました。贅沢は出来ませんがこれで充分生きていけます。以前のその日暮しのあの頃から想像できませんわ。母は2年前に亡くなりましたが母には感謝しきれません」

「この仕事は、患者さんの身体はよくなるしいろんな話をいろんな人と出来るし毎日幸せですわ」

学歴やら、収入やらとは離れた所にも幸せがある。

話しかけてよかった。

3日目

入院する前から病院の方に、今回はすぐ退院出来ますよ。なんなら次の日にも退院する事もありますと言われてたけど全身麻酔もするし1週間はいるかなと思っていたが、これは大丈夫やわ。今すぐにでも退院したい。ただはめてたボルトを抜くのにメス入れた傷が痛むだけ。リハビリもない。たまたま土日の週末があるから入院してるだけでする事がなにもない。新聞と持ってきた本とスマホだけが時間潰しの道具。あとは屋上でもう一生見ることが無い景色を見ている。おそらく右膝の発症はないだろう。今は日曜日の朝。さっき競馬の予想して投票し、屋上でこれを書いている。先ほど、熟女の人当たりの優しい看護師さんに明日にでも退院したいと伝えた。明日は雨やから足元悪いよと言われたがシャトルバスで駅まで行くから大丈夫やと。塩屋に帰り、しろちゃんでも行ってビールとオムレツ食べるか垂水駅前の居酒屋ゴン太で串カツとマグロの刺身でもつまんでるほうがいい。太平の湯に行きたいがまだ縫った傷が浅いからおそらくアカンやろ。とりあえず京都には帰らんと塩屋に帰る。水曜日か木曜日には京都に帰る。金曜日には予約受けてるし。


1枚目  治療した後のガーゼからも軽傷のオーラが伝わる。腫れも浮腫みも一切ない。悲しさが1ミリもない。退院してもいいと素人の俺でもわかる。


2枚目  暇つぶしに読んでた新聞の記事から。恩恵を受ける業者はたくさんいるだろうが、全く受けない人がほとんどの政策なのは間違いない。政治とはそうなのかと思う。これにいったいいくらの予算がかかるのか。


3枚目  人は愛するために、愛されるために、この世におくりだされたのだ。瀬戸内寂聴さんが言うなら間違いない。


4枚目  これが一年間左膝の骨をガードしてくれたプレート。電気風呂は全く反応しなかった。とりあえず、塩屋の家の食器棚に飾っておく。


5枚目  今日の夕方からお天気は下り坂。この景色も最後だ。そう思うと今日はなるだけ屋上で時間を過ごそう。せっかくだから自分を見つめ直すとする。

2022年6月3日金曜日

オペの日

7時頃に目が覚めて屋上へ行きコーヒー飲む。今日は昼前にオペするとのこと。今まで何度も全身麻酔したが未だに怖くて気が萎える。昔、幼稚園の時に全身麻酔した時はガスマスクから気体を吸い全身麻酔したが今は点滴の液体から麻酔する。なのでオペ前に腕に点滴の針を刺す。これがまあまあ痛い。11時くらいにベテランの看護師さんが来て針を刺す場所を探して打ったが上手くいかず「ごめーん、交代するわ」と。二番手は若手の看護師さん。その若手の看護師さんはノリノリで「一発で打ちますよ」と笑顔で血管を探しスッと痛みもなく打った。「次回から指名してね」と。なるほど、人にはそれぞれ得意分野があり経験だけではこなせるものではなく、そこには説明できない「センス」があるんだなと。天性ゆうやつやな。残念ながら俺はどうだろう。人はなにか一つ飛び出たものを仕事に活かせればいいと若手の看護師さんから学んだ。


11時45分。看護師さんと手術室まで点滴持ちながら歩いていく。手術室の中央に細いベットがあり、よろしくお願いしますと横になる。すぐさま厚化粧の麻酔医の姉さんが自己紹介し、こちらこそよろしくと。不思議なもので、その厚化粧さがオペ前のナーバスな気持ちを和らげてくれた。スナックのママ級の厚化粧。午前中やのに夜の化粧。ホッとするのはなぜだ。生きる余裕を感じる。厚化粧から。厚化粧の麻酔医さんが、今から麻酔入れます。少し痛いですと言った瞬間からなんとも言えない痛みが針の部位からヒリヒリしてきた。その痛みがマックスになろうとした頃から意識がフワッと消えていく。その間、おそらく数秒。目が覚めたらベットの上だった。

1枚目  術後の夕食。和食だ。美味しい。こうゆう味に飢えている。ふと思った。イタリアの病院のご飯ってどんなんやろかと。スペインとか。フランスとか。インスタで探したいがスペルがわからん。


2枚目 担当の中山先生が「古屋さん、完璧ですわ」と。今回は左足の膝やけど、右足もオペする可能性あるんですか?と聞いたら、ないことはないと。しないままもあると。確かなのは、これだけはどうしょうもない。もっと辛い人は山盛りいてる。


3枚目 オペ後、ベットで考え事をしているとなぜだろう。蓮の花が頭に浮かんだ。きっと、京都、寺、蓮の花という連想ゲームからか。早速スマホで「京都、蓮の花」で検索したら大蓮寺というお寺が出てきた。ぜひ時間を作りお参りしたい。蓮の花は泥の上に咲き、蓮根になるとこの歳になって初めて知った。美しい蓮の花の下には泥がある。美しい人も、輝いている人もその見えないところに泥のような下地があるんだなと。