2023年1月13日金曜日

キョーさん4回の多鹿君

トウタ君の前に働いてたキョーさんの多鹿君が就職を前に短期留学で2ヶ月ほどバリ島に英語留学しに行ってた。その土産物を持ってきてくれた。律儀なヤツやのー。僕たち世代が若い頃は留学先はほぼアメリカだった。ロスやサンフランシスコやNYやナンパなヤツはハワイだった。まさかアジアとは考えられない。実際、僕も若い頃にロスとNYに1年半ほど住んでいたのだ。学校なんか行かずにただ住んでいただけの1年半だったがその体験が今にある。自分で言うのもなんだがアメリカナイズな俺に仕上がったと思う。多鹿君は本当に心の綺麗な青年。こんな笑顔はなかなか作れない。

昨夜は、酒を抜いた。最近、時々アルコールを抜く日を作るようにしてる。やっぱり酒を抜くと次の日の朝が楽。クリアな1日が始まる。仕事が終わり大黒湯に行くと水のトラブルか閉まっていた。今夜はどうだろうか。閉まっていると余計に行きたくなる。今夜は18時あたりから京都は雨の予報。あーあ、だ。

2023年1月12日木曜日

祇園えびす神社

昨日は祇園えびす神社に行ってきた。関西で言う「えべっさん」京都は、えべっさんと言うのだろうか。えべっさんという発音のリズムは大阪や神戸っぽい気がする。俺が毎夜通う宮川町の大黒湯の女将さんはこう言う。あれは貧乏えびすやと。

貧乏えびすとは正直驚いた。商売の神様を貧乏えびすとあきらめたように笑いながら風呂屋の番台で言った。えべっさんが始まる前夜から4日間ホンマにお店はヒマやった。これは京都に限らず神戸時代もえべっさんの期間中はお店はヒマやって神戸の商売人はこの期間は売り上げをあきらめていたが誰一人それを「貧乏えびす」と言う事はなかった。その話をバッキーさんに言うと「そやねん、貧乏えびすと言うねん」と。その本意は、この期間中はみんな恵比寿神社にお参りに行くからお店までこないからやし、正月にお金使ったからまっすぐ帰宅するかもしれないし、寒いし。

昨夜も俺のお店もサッパリだった。 

寒い中チャリで宮川町まで行く気もなかった。四条河原町からタクシーひらい、直帰した。気疲れしたのか風呂に入り即ベット。いつ睡眠入ったかわからん。

2023年1月11日水曜日

淡路島へ 

トウタ君がとりあえず1月末でバイトが終わる。その前に彼は車の免許を取ったのでぜひドライブに一緒に行きたいと。ならば行き先は俺にまかせろと、淡路島にした。人事部長も参加で。淡路島は郡家にある海を見ながらピザやパスタが食べれる若い子が喜ぶカフェレストラン。いずれトウタが女の子が出来たら連れて行く下見を兼ねたコースをセレクトした。洒落たデートコースが出来る男になって欲しい。男はそれだけで生きているのだ。

トウタはなかなかやりよるわ。トウタの車に乗ったら流れるサウンドはオール昭和歌謡やないか。シャ乱Qやドリカムや久保田利伸やゴダイゴが永遠に流れる。聞けはトウタも昭和歌謡が好きやと。なかなかこんな気配りは出来んわ。淡路島のピザカフェで、とりあえず今までありがとうの乾杯し、一日も早く帰ったこいと。ただ、若いうちは外の世界は絶対見たほうがいいからな。いつでも帰ってこいよと。それから垂水のお決まり「太平の湯」に連れて行きゆっくり休んで京都に帰った。彼とは年の差40ほど違うのに、こんな未熟なオッさん相手に仲良くしてくれ感謝してるが、世の中にはこんなオッさんも未来に向かって生きてる例を見れて社会勉強にはなってるやろ。いつまでも輝いてる俺でいたいし、それが彼に対しての礼儀やなと。負けないぞ。

2023年1月1日日曜日

青葉の鰻

私は鰻と言えば元町商店街3丁目にある青葉の鰻以外ほぼ食べたことはない。それは母方の祖母が元町商店街の5丁目で喫茶店をしていたので鰻と言えば青葉で育った。小学生の頃、母が三宮の鰻屋に連れて行ってくれたが私は口に合わず一口食べていらないと残した事を母はよく自慢げにこう話したものだった。「この子は青葉の鰻しか食べへんのよ」と。それはまるで私の口が他人より肥えて味覚のレベルが高いと自慢していた。事実、私は幼少の頃から死ぬ前になにが食べたいと言えば鰻と言っていたし、それは56になっている今でも死ぬ前に一口でいいから鰻が食べたい。それも青葉の鰻だ。

青葉の鰻の特徴は肉厚の身がふっくらと甘くしっとりとしてガツンと炭の香りがまとわりついている。タレは意外とサラとしており濃い醤油のタレではないから最後までペースを落とさず箸が進むのだ。山椒をふりかけ箸休めに漬物(ナスの漬物が美味い)をつまみ、そしてまた鰻を食べる。蒲焼か別れか悩む。結論から言えばどちらでもいいのだ。私はコインを手に入れ裏表で決める。それでいい。青葉は三宮店と元町店の2軒あるが私は元町育ちなのでほぼ元町3丁目のほうに行く。女将も焼き手の大将も家族的な関係なので親戚の家に行くような付き合いだ。

そんな青葉の鰻を先日、高校の同級生のツレが差し入れにもってきてくれた。そのツレは武蔵美出身の元ホンダのカーデザイナーやらパナソニックのアドバイザーやら不思議なヤツでバッカスなツレ。まさか青葉の鰻を差し入れるとは。
 
翌日、蒲焼を小分けにしてレンヂで温め熱々をいただいた。翌日の蒲焼だったが炭の香りがまだしっかりと鼻から抜け、これは青葉の鰻だと口に含んだ瞬間、確信したのだった。