2021年6月16日水曜日

諸行無常

入院する前に担当の先生から入院は6週間はかかりますと言われていたので、入院する荷物の中に何度も読んだことのある本から、時間もたっぷりとあるので読んだことのない分野の本から、アマゾンで買うだけ買ったが1ページも開いたことのない本。20冊ほど鞄に詰め込み病室の窓際に並べている。
 
オペも終わり、病院生活のローテーションも、もはや体の一部になってきた。もうすっかり家から見える七条鴨川の景色も、遠い思い出になっている。毎日のように行っていた大黒湯は走馬灯のようにすぎるのだ。
 
こんな毎日だ。朝食が終わる。そして午前のリハビリ。バイキング見ながら昼食。午後らリハビリ。スケジュールによっては40分が2セット。そうなればもう4時あたり。6時から夕食が始まり9時消灯。その後ベットの頭あたりにランプがありその灯だけで時間を過ごす。いつもなぜか11時に睡魔に襲われ寝てしまうが目が覚めたら12時すぎなのだ。たった1時間しか寝ていない。そしてトイレに。尿意が襲う。間違いなくそのせいだ。あーやれやれ、深夜の病室で目がガンガンに冴え始めた。スマホを触り本を読み、睡眠を待つ。少し睡魔がくると睡眠薬。7時に目が覚める。その間トイレ2回。熟睡不可能。
 
1枚目 入院の際にとある坊さんの本を買った。読んでみると、わかってはいるが気付かされる事を書いている。俺はガチのクリスチャンのアーメンさんだが仏教が大好きだ。仏像、苔寺、不動明王、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。諸行無常ってなんだ。漢字から想像してみる。諸々の行いとは…無常とは…常が無い、常が無いか。
 
2枚目 大好きな清原がこんな賞を頂いた。俺はとにかく清原が大好きだ。俺の勝手だが、清原を心底理解出来る。清原はオリックス時代に膝の故障で引退した。その膝の担当医と俺の初代の担当医は同じ先生。膝の病気仲間でもある。それすら嬉しい。
 
3枚目 病院の屋上にリハビリが終わり毎日3時頃、自販機でホットコーヒーとバームクーヘン買って外気を吸いに行く。その屋上から西宮浜で散歩している人やsupしている人を眺めているだけだったがいつやら、その目の前に広がる「時の流れで変化する雲」を見ていると、いろんな事を考えたり、時には「無」になったりする。その雲と自分の人生を重ねて悟りの境地に入ってくる。気がつけば、俺から雲に話しかけてるのか、雲から話されているのかわからなくなる。
 
4枚目 後方にポツンと寂しく半泣きで見えるのが我が国のリーダー。参加できていないし、他のリーダーもスガをみていない図。よく見ると、こんな頼りなく品のないガニ股はどうだろうか。スガは、今回G7で他国から五輪の成功の協力をいただいたと言うが当たり前だ。他人の土俵で五輪するから他国は五輪の影響で感染リスクがゼロだからという意味をスガや丸川、橋本、2回、安倍はわかっているのだろうか。
 
とは言うもの、俺も20の頃、アメリカに行った時、英語がしゃべれずラスベガスのレストランやロスのスーパーで白人のレジ係に何度も、この細めのアジアは英語わからんのやと、完璧バカにされたお手上げポーズを何度もされた事あるし、NYで知り合った白人仲間と一泊2日でキャンプに行ったがマジ一言も喋れなかった。一言も会話なし。当たり前。英語しゃべられへんもん。ニヤニヤするしかないねん。
 
そやけどな、スガよ。俺が心配してるのは、コロナに打ち勝った絆を確認出来た五輪後は大丈夫か、や。
 
かつて五輪の終わったその国はまあまあ不況になったと以前ニュースで聞いた事あるねん。プラスコロナやろ。大丈夫か?
 
不安やて。

2021年6月14日月曜日

雲を眺める

入院して3日目に手術し、病院生活も6日目になり、術後渡された車椅子の操作も慣れてきた。左足を保護するために俺仕様に作られた車椅子。
 
車椅子は面白い。小学生の頃、自転車を走らす時に停まる際に後ろブレーキだけギュッと握り後輪を斜めにスライドさせ、その摩擦音に快感を覚えてアスファルトにタイヤのゴムの黒い足跡を残して遊んだあの頃を思い出させてくれる。50半ばのオッサンが病院の廊下で車椅子を走らせてふいに急カーブをして楽しんでいる。そして昨日あたりから病室のベッドに車椅子をピッタリ縦列駐車の技も理屈は理解出来た。頑張るぞ。ただ、車椅子を停めた際には必ずブレーキロックを忘れずにだ。
 
今日は日曜日。病院の売店も閉まっておりドクターも見かけないしリハビリも数組だけ。当然コロナやから来客もゼロ。静かな時間が流れている西宮回生病院三階。俺もこれと言ってすることがない。これから6週間。その時間の長さが見当もつかない。退院する頃には夏の定番、蝉の鳴き声が聞こえてるはずだ。足の筋肉は確実に落ちている。俺はカトリックだが、南無阿弥陀仏の心境。
 
1枚目 今朝の朝食。寺の修行僧のような朝食。お惣菜には派手な色もなく、これぞ粗食。見てるだけで安心する。確実に胃に優しい。ローカロリー。ジスイズ昭和の和食。こうなればご飯も少なめにしたい。
 
2枚目 暇つぶしと言っちゃーなんだが大好きな競馬の予想してこれからは日曜日はネット競馬で楽しむぞ。神戸の酒屋の配達の競馬仲間にLINEして「お前のイチオシはどれや」「ザダルから流しますわ」それに乗っかり4馬ボックスの3連単を買う。2馬はきたが買わなかったサトノが2着とは。レース後、2人で傷の舐め合い。また一つ、酒屋の競馬仲間と仲が深まった。
 
負けてこそ  
負けたからこそ
同志の仲
 
3枚目 病室ばかりにいてると頭がおかしくなりそうだ。5階に上がり自販機で珈琲を買い屋上に出た。曇り空。明日から下り坂か。こっちまで暗くなりそうになる。退院したら、もうこの景色は見れないなと。まだ入院したばかりやのに、そんな事を思うとは、これも人生経験か。
 
4枚目 晩ご飯。入院して、いつの間にか食事に不思議なルーティンが確立された。まず最初にフルーツを食べて副菜を完食して、メインをご飯にぶっかけて丼物に仕上げる。そして少し味噌汁を残して食べきったお茶碗にその残した味噌汁を流してお茶碗を綺麗にする。 
 
よくわからないけど、地球に優しく。
 
無駄のない暮らし系。
 
合掌…

2021年6月11日金曜日

リハビリ

昔、田宮二郎演ずる白い巨塔にどハマりした少年だった。財前五郎。確かオペのスピードに命をかけてた。かっこよかった。その財前五郎が朝に病棟を大名行列するシーン。あーまでではないが、今朝オペしてくれたドクターが10人くらい引き連れてオペの内容と今後のリハビリのスケジュールを説明しながらその助手がガーゼを取り替えてくれた。オペで壊死した骨の写真と壊死した部位に元気な骨を挿入した写真を見せてくれる。これ、自分の骨の状態がダイレクトにわかり嬉しかったし感謝する。先生は「これは痛かったでしょう」と。麻酔効いて寝ているのに左ヒザを真っ直ぐに伸ばしたら俺は痛いと顔をゆがめたと。これは痛かったはずですと。
 
今日から約4週間、左足は地面に乗せないで骨が固まるのを待つ。車椅子とベッドの生活とリハビリ。トイレがつらい。慣れない生活のパターンが始まる。当分は睡眠薬にたよる。
 
暇なのでテレビをつけるが、ニュースを見ると決定的な絶望感。日本のデジタル大臣と台湾のデジタルの差に愕然となる。というより不思議な国だなと。
 
入院中にパソコンを使える様になりたいとMacBook Airのノートパソコンを買ったので少し触ってみた。どうも難しい。 
 
その流れでスマホを触っていたらtwitterの自分のアカウントが消えてしまい、新しくアカウントが出来た。いったい俺はなにをしているのか。そもそもtwitterは見るだけなのでよくわからない名前で始めた。
 
 

オペ

今日は13時からオペやから昨夜の夕食を最後に絶食。それは苦やなかった。
 
朝起きて、5階のパティオでコーヒー。
誰もいない眺めのいい広い部屋。
 
昼前に看護師さんが腕に点滴用の針をさす。
一発目、失敗して打ってくれた看護師さんが「ごめーん!交代するわ。プロ呼んでくるわ」と。そしたらさっきの看護師さんより若手の看護師さん登場。看護師さん、ニヤニヤしながら「ここしかないです」と。痛みほとんどなく刺してくれた。どんな分野でも、なにか長けてると、重宝されるんやなと再確認。ここにも人生のヒント感じた。
 
オペ室まで徒歩。
 
オペ室の入口から、バリバリオペ感丸出しの銀色の扉。あーもうあと数分後に全身麻酔でオペ始まるんやなと。
 
腕に刺さった点滴用のチューブ麻酔薬流して
 
10秒数える前に睡魔きます。6秒まで普通に意識あったが9まで数えられなかった。
 
起きたらベッド。
しかし、凄いね。麻酔は。
 
目覚めた時は、ロレツまわらず全てが無理やったが夕方になると病室に夕食運ばれ、ご飯大盛りとサンドイッチ全て完食。
 
9時過ぎにケンミンショー見たが、20分せんうちに睡眠突入。11時ごろ目覚めた。
 
明日からリハビリ。
 
入院はアバウト6週間になると。
 
さっきからインスタで、マウイ島コンドミニアムと、ぶっかけうどんと、カハラモールを見ていた。

2021年6月9日水曜日

大のおとなが…

50半ばのおっさんが、なにをびびってるねんやがショーミびびってる。全身麻酔にヒザの骨をくり抜き、その骨を壊死した部位に入れて骨の再生。プラスX脚を修正する為の骨切り手術にどうやらこの際半月板もどないかするらしい。
 
でも、世の中のオペにしたらどうだろう。何時間もかかるオペもある。それごときで男なら泣言を言うなの話やと思うように言い聞かせてる。そんな手術前の夜の病室でこれを書いている。
 
そう言えば、昔、父親が癌の末期で回復をあきらめてたが国立癌センター病院で手術する事になった時、父親がこう言った。
 
泰三、手術やぞ。喜べ。手術とはな、回復する可能性が100%あるから手術するんや。でないと医者は手術なんかするかいな、と。
 
あー
 
なぜだろう
 
こんな時、今すぐにでも冷たすぎるダイキリが飲みたい。神戸駅スグのBAR一宮のショートカクテルを飲みたい。
 
今日は入院2日目。オペ前日で何もする事がない。昨日はPCRの結果がまだやったからステイ部屋やったが今日、陰性と出たので屋上に行った。外気が吸いたかったのだ。屋上は5階で、その階はリハビリと小さな売店と開放された広い部屋があり、コーヒーの自販機。そしてベランダがあった。おー!これはいいぞ。自販機でホットコーヒーと売店でハーゲンダッツを買いベランダに出た。ベランダからの眺めは海は見えないが運河と公園と大橋が見える。初夏の日差しが気持ちいい。
 
思い返せば5.6年前に発病して一時は治ったと思ったが、結局オペすると言う結果に。オペは怖いが逆に言えばもう壊死の痛みから解放されるのだ。ドクターは「ジョギング出来るための手術です」と。だが安心は出来ない。今回は左ヒザやからいつか右ヒザが悪化する可能性も視野に入れてる。人生は常に次の次を考えないといけない。常に最悪も想定しないとな。でも、とりあえずは喜ばないと。まだピンとはこないが。
 
夕方になり部屋に戻ると、オペ前でこんな俺にでも励ましのメールと電話があった。ありがとうやで。
 
今夜の夕食を最後に明日の夕食まで絶食。
 
どっちでもええが夕食のサイドのお惣菜に山芋と豆の煮たやつがあったが山芋がサナギに見えたがもちろんいただいた。が、自分が思いついたサナギと言うフレーズが最後まで脳裏から離れない。勝手やが、山芋は生がいい。
 
全米オープン女子で優勝した19歳の師匠のジャンボ尾崎のコメント。「なにくそ精神」
 
恥ずかしいが、俺にその精神が薄すぎる。
 
明日から始まるリハビリある。
俺もなにくそ精神で、取り込もう。
退院後、お店に対しても「なにくそ精神」で再スタートを忘れずに、だ。