2021年1月13日水曜日

緊急宣言

緊急宣言が始まると決まった。アルコールは7時までのシャッター下ろすのが8時。僕のお店は8席で密を避けるのに席と席に空席いるから事実上5~6人しか座れないから売り上げにらならないしコロナを広めないためならクローズが正しいとなる。そやけど貧乏性やから労働しないのもツライ。2月7日まで閉めようか悩んでる。数人のために仕込みする商売人根性も薄い気質やからおそらくクローズとなるやろ。その為の緊急宣言やし。
 
大変な時代に突入したようだ。僕の観点からすればコロナは終息しないと思う。ただ、春が来れば人数は減ると専門家は言うがはたしてどうだろう。だって当初は夏が来ればコロナ菌は消滅すると聞いたがこの有り様。無菌症状者がたくさんいるのだろう。思っているよりいとも簡単に感染するのがコロナ。現にこの感染数になってきたのが現実やからまだまだ増える。バルサンたいてもゴキブリが消滅しないのと同じとみている。どこかに菌はいてるとまたそこから増殖していくのだ。横浜港に船が騒がれていた時、全く他人事やとみていたが、今や毎日何千人もコロナにかかっているし、まさかこの俺までもコロナになったのだ。
 
コロナにより、長年うまくいっていた商売の雲行きが怪しくなり倒産した経営者は山ほどいてると思う。閉店を真剣に考えてる飲食のオーナーもたくさんいてるはずよ。こんなはずじゃなかったと。でもそれは「明日は我が身」僕自身も、遠いところでびびっているわ。ましてや、まだまだ知名度ないこの京都。不安たらけよ。
 
あー
 
いろいろ考えても仕方ない。とりあえず、白山湯に行ってサウナと水風呂とジェットバスに入り、ポジティブなことばかり考えようと今、決意した。
 
 

2021年1月1日金曜日

2021年

一つの人生のターニングポイントになった2020年やった。23年してきた神戸のお店のシャッターを下ろして京都に移った。右も左もわからん街で餃子1本で稼ぎに来た。お店も住まいもバッキーさんが見つけて「ここでえーやん」と。6月から焼き始め、ちょうど半年やね。まあ、いろいろあったわな。こっち来て友達もでき、東西南北もわかりようやく慣れてきたときにコロナやろ。俺らしいな。思い返せば23年前、開業して1年目に結核になったわ。結核の時は3か月入院したことを思えばコロナはわずか10日だけ。しれてるわ。そやけど、このコロナは世界規模。話が違う。2021年は俺の予測ではさらに悪い方へ行く気がしてならんのや。プラスになる素材がない。唯一ましやと思うのは、ここまで感染者が増えたら、いわゆるコロナ差別もクソもなくなってきたかなと。なんにしろ差別はアカン。願いは一日も早く甲子園球場で五万人が7回裏に風船飛ばせる日がくることや。
 
商売もおそらく厳しいと思う。でも、そうは言ってられん。毎日お店に行き、仕込みしてお客さんを待ち餃子を焼く。俺的にはとりあえず京都一番の餃子を焼く。その自信はあるぞと。その答えはあとからついてくると。現にこのコロナやのに予約で数ヶ月待ちのお店があるんやから。  
 
それでも、仕事終われば大好きな銭湯に漬かり風呂上がりに缶ビールを飲み干す。ポケット空っぽでもこのビールは美味いわ。それから五条大橋を京都タワー見ながら渡り高瀬川にある家に帰る。
 
あー、俺は京都に住んでると。
 
昨夜は神戸まで帰り元町の南にある「鶴のひとこえ」で1人で頂くお節を買わせていただき、そのまま京都へ戻り、そのお節つまみながら大阪テレビの演歌番組見て梅湯に浸かりまた演歌見てウトウトして寝てしまい、新年はやはりお店の町内の氏神さん「錦神社」へお参りし商売繁盛と俺にかかわる全ての仲間に幸せとコロナ撲滅を祈り帰宅して家の掃除する。
 
皆さん、いろいろあるとは思うけど、日々のどこかにハッピーがあると、なにかを探しやっていこうやないか。なんもこっちは悪ないぞと。
 
今年は丑年らしい。牛や。
 
俺の大好きな、オッパイの年やぞ。
 
なんか、えーことあるかもな!
 
 

 
 

2020年12月11日金曜日

師走

四条河原町西にあるドトールの四条通が見えるカウンターでこれを書いている。流れる音楽はクリスマスソングだが、いつもなら幼少の頃クリスマスソングを聞くとケーキ屋の前には箱に入ったクリスマスケーキがいっぱいに並べられ、夜の街には年末で浮かれている大人があふれるほどにぎやかだったが、今年はその師走という言葉すら聞かない12月だ。いろいろあるが、せめてお店に来てくれるお客さんには美味しい餃子を食べて少しでも楽しい時間を過ごして欲しいな。今は小さな種を植える時だといい聞かせてる。必ず芽が出て時期がくれば花が咲く。信じるよ。花のデカさなんか関係ない。花が咲くだけでいいんだと。
 
京都に来て半年が過ぎた。以前は京都に来たらよく見かける和服レンタルした若い女性を見るとレンタル丸出しで少しダサいなと思っていたが今は違う。あの和服レンタルギャルを見ると、京都の持っている魅力の底力を感じ、その魅力に助けられてながらやっていけるとパワーもらえる。やっぱり京都って凄いなと。
 
1枚目 バイトの京産の学生。こいつは学食の300円のウドンが高いと感じ、卵かけご飯ばかり食べてるスーパーマジメ君。普段の食生活で満腹になることないから、まかないの餃子を12人前食べて喜んでる。
 
2枚目 四条河原町にあるミンミンに行った。やっぱりミンミンは美味いわ。
 
3枚目 いつも行く大黒湯で舞妓さんの履物が並んでた。そんな大黒湯がたまらなく大好きだ。番台の女将さんが銭湯のドアを開けると「おいでやす」と言う。そして帰り際には「おーきに」と言ってくれる。俺は京都に住んでいるんだなと。
 
4枚目 この大黒湯の看板がたまらない。温かい。これから寒くなる。この看板がさらに温かくなる。
 
5枚目 可愛い息子が神戸からJRで京都まで来てたまに手伝う。手伝うのが飽きたら三階のサントリースカイというスナックでカラオケを6曲歌う。小学4年。抱きしめたい。
 
 

2020年11月19日木曜日

その後

退院して10日ほど過ぎた。
 
ようやく元の体調に戻ったが売り上げがもう一つ元気がない。第3波の規模がどうやら本格的な気がする、というよりこれは間違いなくさらに増えていくだろう。減少するきっかけなんかない。本当にどうなるんだろうか。マスクのいらないあの頃にはいつ戻るのだろう。よくインフルエンザと比較するが、俺的にはそれは全く別物やと思う。インフルエンザになるのとコロナになったでは、やはりイメージが違う。コロナにかかり完治したらとりあえず抗体はつき一番安全なはずだが、やはりアフターコロナではコロナ差別があるやろう。一日も早く注射一発でコロナから身を守るワクチンが出来て欲しい。
 
このところ仕事は早めに切り上げている。というより9時すぎからのお客さんが全くなのだ。早めに儲けて11時半にはシャッターを下ろして宮川町の大黒湯にほぼ毎晩行っている。熱すぎる風呂、130度を超えるサウナ、キツすぎる電気風呂、冷た過ぎない水風呂、そして昭和遺産の内装がたまらない。四条大橋から川端に入り途中から1本東の路地に入ると宮川町の花街から大黒湯への道中が、それはもう美しく時には舞妓さんや芸妓さんを見かける時がある。今、俺が京都で生きてる生活圏内にこの道がある事実に心の底から満足している。そして家の前にある梅湯の前の高瀬川の紅葉に癒される。
 
今は、美味しい餃子を作り、仕事が終わり銭湯にいき、帰宅して本でも読み寝て起きて洗濯してアイロンして、出勤する。
 
あとは街中で見かけるオッパイや尻や、今はマスクで美女かどうかわからないが、不思議とたいがい可愛く見える。
 
太めの女が大好きなんだ。

2020年11月8日日曜日

第二章

10日ぶりに働いた。
 
バイトはなしで1人でこなす。10日も休み
告知もせずに。まあ、忙しくなるかサッパリかはやってみないとわからないのだ。結局、数組ほどお断りするくらい忙しかった。ただ鉄板の調子が悪かったから餃子を焼いてて楽しくはなかった。油がなじんでないからかな。
 
いろいろあるが、働いてナンボ。それと、京都ナンバーワン餃子のつもりで餃子を作り焼く。勝たないといけないのだ。ならば、もっと意識を高めないと。
 
これからは以前とは違うスタイルにしないといけない。神様はこの経験からなにかを見つけないといけないと提案してくれているのだ。それに気づかないと。構想はある程度固まった。ゆっくり実行していこう。
 
仕事が終わり、大黒湯に行く。
 
京都、宮川町、昭和な銭湯。
 
これが俺の家の風呂と思うと、本当に幸せだなと心の底からそう思う。
 
神に感謝